異世界、ケルト音楽を体験
ちょっと異世界を旅するような気分で、ケルト音楽で遊んでみました。
独特な雰囲気があふれ出す民族音楽ですが、そこからは人や自然の「生気」がとても強く感じられます。 それはまさに、万物に生命が宿ると考える「アニミズム」の世界観。
私はいつも、北海道の澄んだ空気や南国のゆったりした時間など、自然をテーマに音楽を制作しています。その中でふと心がキュンとなったり、ほのぼのした光景もアニミズム?
いや、ほのぼのはもう少し軽い意味なのかなと色々考えたりもして。
木々や川に精霊が宿ると考えるケルトの人々のように、私も同じように生命力を感じています。 愛犬、庭で育つ植物たち、私たちが毎日食べているもの、それを作る人たちの思い、それらと自分の境界線はないのではと思っています。
実はこれまで、アニミズムという言葉を使わず、「五感」や「生命力」という言葉で表現してきました。
「自然を音楽で表現している」と、言葉にした途端、どこか胡散臭く、スピリチュアルなものに聞こえてしまうかな?
私はとても現実的で、自分の目で見たものしか信じないので、(かなり疑い深いです)どう伝えたらいいのかわからず、あまり人に言うことはありませんでした。
その上、物に何かが宿っている、と超自然的なことを信じているわけではありません。
一日雨が降っただけなのに、背が高くなる草木、鮮やかな花の色や形、変な顔をした深海魚。
音楽を作るときも、決して「何かが降りてくる」などそういうことは全くなくて、私が感じているのは、もっと生々しい生気というか。
特にゴスペルなどは、人の声ということもあって圧倒的な生気を感じます。
ピアノは、歌や管楽器と違ってブレス(息継ぎ)がなくても弾けてしまう楽器です。けれど、実はピアニストのすぐ近くで演奏を聴いてみると、演奏者の息づかいが聞こえてくることはありませんか?
もちろん、私も弾く時はブレスを当然のこととして演奏しています。 歌や管楽器が体を使って音を出すように、ピアノもまた、指先だけでなく全身を使って奏でるもの。以前の記事でも書きました。
そんなことから、いわゆる生気のある心が通った演奏になるのだと思ってます。
ということでだいぶ前置きが長くなってしまいましたが、イメージで作ったケルト音楽。
完全五度の和音を使ってあげると雰囲気が出ますが、三度の音を入れてしまうと途端にケルトじゃなくなってしまいます。
ぜひ不思議な完全五度の響きを味わってみてください。


たまに北欧を感じるのもいいですね
イタリア語でanima(魂、生命)
ピアノの楽譜にも、時々 con animaという用語が出てきますね。
生き生きと。生命力をもって。魂を込めて。など訳されています。
このcon animaで自分なりにどうやって弾いたらいいのだろう?と考えたことがよみがえりました。
(conは英語のwithという意味)
animaが語源でanimismということばができたとか。
皆さんはどのように考えますか?
私も、時々縄文の人になったつもりで、食べる、寝るの日々。
現代人はいろいろな物や概念を持ち過ぎました。本当は、物事はもっとシンプルでいいはずですよね。
最近のYoutubeの投稿。再アレンジした曲や新曲のプレイリスト。


アルバムは完成して、6月のはじめに配信開始します。アルバムタイトルは「Small Joys」お楽しみに!
Experiencing an Otherworld through Celtic Music
(Insert link to video/audio here)
(Here, con means “with.”)
Sometimes, I like to live pretending I am a person from the Jomon period—simply eating and sleeping. Modern people have surrounded themselves with too many things and complicated concepts. In reality, things should be much simpler, shouldn’t they?


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